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スタッフ紹介
スタッフについて
この研究所で教えるスタッフたちは、それぞれ性格が全く違い個性が強いのに、ひとつだけ共通している事がある。それは決して威張らないことだ。学校の部活動などで下級生が上級生を「先輩、先輩」と持ち上げ、上級生が当然のように威張っているのをよく見かけるが、この研究所は芸術的な場だから指導的地位にあるスタッフは威張ることよりデリケートに、優しく生徒の面倒を見ることが伝統のようになっている。子供の生徒も同じく幼児の面倒を見る。幼稚園や小学校の先生を輩出しているのもそのせいであろう。
保坂 咲恵

幼児のときから摩利尚美に可愛がられ、摩利の舞踊作品を楽しくたのしく踊ってきた。
優れた音楽に浸って育ってきた人特有の音楽性のある運動能力。
子供を教えるとき、自分も子供になって子供と向かい合う特性。
それは子供を教える先生として素晴らしい特性なので、主に子供のクラスを教え、
自宅に近い稲城に子供のための支部を設けて楽しく教えている。
又、舞踊とは別の時間にヨガとベビーマッサージを教えている。
溌剌としているので若く見られてしまうのだが、実は2児の母。
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中東 学是

運動神経が発達したサッカー好きの少年であったが、高校を卒業したとき母親が彼を連れてきて、「この子は動くことだけがとりえです。舞踊を教えてやってください」と真剣な顔で頼んだ。
実はこの母親は摩利尚美が大東学園女子高等学校で体育を教えていた頃の生徒だった。友人に誘われて舞踊の発表会を見に来て大いに感動し終了の挨拶をした摩利尚美を見て・・・あっ、日下部先生だ・・・と気づき懐かしさが込み上げたそうだ。摩利尚美は結婚する前は日下部姓だった。
在学中も尊敬していたが、こんな素晴らしい舞踊作品を創作する舞踊家になっておられるとは知らなかった。この先生に息子を託したい・・・・
男の子は芸術よりスポーツという日本の世の中である。母親の切なる願いで摩利は引き受けたが、それからずっと摩利は彼に目をかけ色々心配をしつづけた。彼は舞踊の動きを論理的に説明する事ができる。他の女の弟子とは違うところである。感性もすぐれていて、味のある動きをする。摩利尚美を尊敬していることが言動の端々にうかがえる。良い教師になった。
清山 巨人

自分のことを書くのは気が引けるが、一応この研究所の代表者なので自己紹介する。
ファーブル昆虫記にかぶれた自然大好き少年だったが戦時中の学徒動員で体を壊し、中学3年で退学。
27歳まで食糧難の世の中で療養し九死に一生を得た。
学歴社会でよくここまで生き延びたものだ。
闘病を経て芸術家として成功した方に作曲の武満徹さんと画家の谷内六郎さんがいらっしゃる。どちらも素晴らしい。
私は作曲も絵も書けるのだが有名にはならない。
摩利尚美がスタジオを立てた翌年、私は彼女と結婚した。
それまでテレビ音楽を書いていたが、この研究所の経営と美術・音楽・演出を一人でまかなうことになり、テレビから退いた。
療養中に生死をかけて芸術書・哲学書・宗教書を読み漁ったのが魂の糧となり生き延びる力になった。
生き延びる術をひそかに舞踊教育に織り込んで自分も元気になり生徒も丈夫になった。
誇るものは何も無い。神様が私という泥をねって焼き上げた器だから珍重してくださる人もいて幸せだ。
(以上、三つの紹介文は清山巨人が記述)






